欲に狂ったわけでもなく、衝動に襲われたわけでもなく、終わりにしよう、と、想ったのだ。
はじめからこうしていれば、無間地獄のような苦しみと向き合うこともなかった。苛立ちに押しつぶされることもなく、飢えと戦う必要すらなかったのにと、何故今まで行動に移せなかったのかと自問自答を繰り返すばかりの正守は、くだらない愛憎に振り回される日々と決別することで、平穏を手に入れようと、色んな意味で目障りな弟を押し倒した。
何事かと暴れる弟を押さえつけるのにたいした手間と時間はかからず、年齢差、体格差、経験の差、技量、全てにおいて正守の圧倒的優勢である現状が覆されることは、まず、ないだろう。
「やめて」「助けて」と赦しを乞う言葉ですら、正守にとっては救いの声以外の何者でもなく、眼下に晒される痴態をこれでもかと満足気に視姦することで、良守の全てを手に入れた錯覚に眩暈すら覚える始末だ。それでも、そんな正守から逃れようと必死に抵抗する弟に、俺から逃れてもお前が行き着く場所など、はじめからひとつしかないじゃないかと云ってやりたい。(どれだけ逃げても結局のこと、先延ばしになるだけであって、何も変わりはしないのだよと教え込んでやりたい。)希望を打ち砕かれた弟は、かつての自分のように方印を責めるだろうか?それとも、血の繋がりを憎むだろうか?どちらにしろ、俺から逃れることなど不可能なのだと想い知らせる為にもこの行為は重要な意味があるのだと、最早、拒絶するしか抵抗の術のない良守に囁き続ける。

宙を切ることで右手の指の繊細さを過分に演出する正守の全てを否定した方印でさえも、酷く、 愛おしい。





獣に理性を求めても無意味です(ある意味、世界が完結していますので)(20091219)