正守の直視に耐え切れず苛々と眉が引き攣らせる弟は、趣味のお菓子作りに没頭することで気味が悪いほどに真っ直ぐすぎる兄のそれを遮断した気でいたのだろうが、如何せん甘すぎるのだ。年季が違う。そんな生易しい感情で、愛らしい弟を見つめ続けてきたわけではないのだと、深く深く突き刺さるそれが良守の集中力を奪い、自然と疎かになる手元に軽い舌打ちを零す様までが、正守を悪戯に高揚させる。兄と二人きりになるくらいなら、家で菓子作りなどせずに出掛ければ良かったと云わんばかりに、先程から世話しなく時計と睨めっこをしている良守と、そんな良守を瞬きひとつ零さずに、それこそ喰入るように見詰め続ける正守。(残念なことに、意識していることを悟られたくない一心で、何でもない振りをしている弟の求める彼等が帰ってくる気配はまるでなく、それがよりいっそう彼を落ち着かせなくさせるのだろう。)たった二人だけの空間に蔓延する沈黙にすら恋しさを覚えてしまうだから、最早、病気を銘打っても過言ではないほどに、正守は良守に傾倒している。そこに行き過ぎた兄弟愛で誤魔化せるほどの美しさなど、なく。異常だと重症すぎる自覚があるだけましだろうか、と想ってしまうあたり救いようが、ない。そんな正守の自嘲など露知らず、兄に意識を奪われながらも、作成中のケーキの完成図を脳内に想い描きながら手際よくホイップを泡立てる良守は、右手の方印に視線を落としながら、『どうして兄はそんなにも自分を構いたがるのだろうか』と問いただしたい衝動を必死に飲み込んでいる。あの、遠い夏の日に、煩わしいと云わんばかりに振り払った手を、彼は、忘れてしまったのだろうか?決定打になった亀裂を、彼は、覚えていないのか。あの出来事は、兄にとっては、どうでもいいような些細なものだったのだろうか。今日の今日まで、良守だけが、ずるずると引き摺っていたのだろうか。憎いのではないか。兄を否定したそれを、自分から奪いたいのではないか。未熟すぎる自分には相応しくない、と。それの正当なる持ち主は自分であると、そう、云いたいのではないか?一度でも考え出したら、止まらなくなる。けれども無限に膨れ上がる疑問を口にすることを躊躇してしまうのは、肯定されることを恐れてしまう一心からなのだ、ろうか。と、彩りよくケーキのデコレーションを仕上げてゆく良守に、威圧的な沈黙が重く圧し掛かる。
作業する音と、互いの微かな息遣いだけが沈黙をより一層際立てる。
どこまでいっても重ならず擦れ違い続ける感情ですら、気づけないほどに。
この声が、貴方を否定する。(20091220)
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