「愛しているよ。お前の為なら、世界を壊してもいいと想えるくらいには、ね。」
知らなかっただろう?と微笑を浮かべる兄に、そんな顔で何でそんなことを云えるんだと、あまりにも似つかわしくないではないかと場違いなことを想ってしまったのは、目が、まるで笑っていなかったからだ。愛を囁きながら(その行為ですら理解を超えているのに!)氷のような眼差しで良守を捉える一連の行動の温度差が、たまらなく、恐ろしい。普段から何を考えているのか分からない兄の、異常ともとれるそれに体が硬直し反応を示すことを拒絶している。動けない。逃げたい。なのに、体が云うことを聞かない。捕らわれる。囚われる。捕食される。漠然と、良守は想った。そう、想わずにはいられなかった。

愛の囁きは、喘ぎに似ている。そう感じてしまったのは、年の離れた弟が、絶望的な顔をしていたからだ。(あまりにも予想通りすぎる反応に、正守は不愉快になるどころか愉悦を覚えてしまったほど、だ。)もっと、動揺させて。もっと、混乱させて。自分と同じように、血を分かつ存在のことしか考えられなくなってしまえばいい。優先すべきそれ以外の全てを放棄して、自分でいっぱいになってしまえばいい。そうすれば、きっとお前は倖せになれるよと正守は端整なそれを歪める。
かつて、弟が手を差し出したように。今度は、自分が、彼にそれを差し出す番なのだろう。びくり、と。過敏に反応する弟に、膨れ上がる愛を否定する権利はない筈だ。

故に、この劣情はおそらく罪では ない。





あいにみらいなんて、ないよ(20091220)