大人になんてなれなくて、いい。
少女としてあの人の瞳に映った時間は只管に甘く優しいもので、子供だからと理不尽すぎる欲求に得られる赦しもあったがそれすらもうすぐ終わりを迎えようとしている事実は容赦なく神楽を現実へと叩きつける。成熟する身体に追いつくように少女は女になり、無知と幼さ故の残酷さに彩られたそれは強かな仮面を被るのだ。伸びた身長に、成長した胸に、幼さを捨てた大人びた顔に、未来という名の期待を膨らませもしたが、その期待の見返りが裏切りでしかないことにどうして気づけなかったのだろう。あの人の与えてくれた砂糖菓子のような甘い時間は只管に美しく眩かったのにと今更ながらに懇願する様は無様でありこれでもかと訪れる終焉を予感させる。いつだってそうなのだ。始まりこそ劇的であれ終わりはあまりにも唐突でありあっけない。それでも、喜ぶべきか哀しむべきなのか。神楽は自分に残された少女の時間が終わるであろう瞬間を、「終わり」と「始まり」を自覚している。それと同時に、いつまでも子供だと想っていた少女がある日を境に女として意識されるであろうその日を迎える男を想いやる猶予も少しばかり残されている(そんなもの!何の解決にも慰めにもなりはしないが。)。優しいだけの関係を持続するには無理があることを理解しているからこそ、その時の訪れを何よりも恐れている。あの人はいつもと変わらずに穏やかに微笑むだろう。大人になった自分をありのままに受け入れてくれるのだろう。それでも、かつての少女であり女となった存在はあの人にとっては異質でしかない。曖昧な線引きは明確な意図を持ってより克明に隔てられてしまうのだ。

大人になんてなれなくて、いい。あの人を繋ぎとめておけるのなら子供のままの甘ったるい時間に永遠に浸っていたい。女となった少女にあの人はかつてのような気安さで接してはくれないだろう。振り向いては、くれないのだろう。いい年をしながら、いつまでもたった一人の女性を追いかけ続けるどこか幼さを残した子供のようなあの人を置いて一人で大人になるだなんて、そんなこと。そんなこと!大人になんてなりたくない。知らない振りすら赦された子供のままでいたい。願い続ける永遠なんて一瞬で壊れてしまうのにどうして時間は人の想いをいとも簡単に跳ね返すのか、強固すぎるのだろうか。境界線なんて誰が作り出したの。気軽な触れ合いすら遠のくばかりで近くになんて入られなくなる。神楽が望んだところで一途なあの人はそれを許さない。青年と少女の時間に終わりを告げた自分達は「男」と「女」になるのだから。大人と子供でなんていられないのだから。なのに、ひとつの終わりを迎えながらもそこから何も始まりはしないのだ。縋るような願いとは裏腹に無情にも一分一秒を紡ぎ続ける秒針は神楽を待ってはくれない。大人になんてなりたくない。なれなくて、いい。だから返して!他には何も望まないから理由なんて必要ないままあの人の傍にいられる時間を返して!
それでも、時間は容赦なく神楽を裏切る。

いつだって「終わり」は願いを聞き届けはしないし、ましてや望むままに「待って」などくれないのだから。





なにも はじまりなどしません(それは 失うことを意味するからなのでしょう)(20100709)