「俺が方印を継承していたら、多分、俺達は普通の兄弟でいられたんだろうね。
こんな風に互いを意識することもなければ、傷つけあうこともなく、適度な距離を持ったままの『普通』でいられた筈なんだよ」
そうは想わないか、良守?と、笑いかける正守が何を考えているのか、良守は理解出来ずにいる。いつだって、そうなのだ。兄は、いつだって軽々と良守の想像を超える。完全であり、完璧であり、選択肢を誤らない。背伸びをしても追いつけず、手を伸ばしても届きはしない。誰よりも『墨村』の名に相応しい筈の彼の唯一の欠点は、方印を継承出来なかったこと。たった、それだけのことで全てを否定された、男。それが、兄。原因は、俺。彼の望む唯一を継承してしまった、弟いう存在。何の因果か、二人の立場が逆転していたら、きっと全ては上手くいっていた筈なのだ。互いが互いに、罪悪を覚えることもなければ憎しみを募らせることだってなかった筈、なのだ。それは、良守が幾度となく想い続けてきたことだった。そうであればいいのに、と、願い続けてきたことでもあった。ただ、それを、何故、兄が口にするのか。誰にも触れて欲しくない傷を、何故、自ら抉じ開けようとするのか。何故、笑っていられるのか。その笑みが、穏やかな口調が、良守をどうしようにもなく不安にさせる。まるで、その静けさが何かの前触れであるような。故に、微笑を形作っているのに、少しも瞳が笑っていない兄から視線を逸らせずにいる。(脳内で、騒がしいほどの大音量で警告音が鳴り響いている。まるで、少しでも瞳を逸らしてしまったら、取り返しの付かないことに巻き込まれてしまうかのような焦燥感が、良守を蝕もうとしているみたいに。)
違和感を感じてか距離を置く弟に近づいたかと想うと、「俺だって、運命とやらに感謝したくもなる時もあるんだよ」と正守は謡うように、囁く。まるで、『方印を継承したのがお前でよかった』と、解釈もとれる意味不明な発言をする兄の胡散臭い微笑みに、今度こそ良守の背筋は 凍りついた。
俺の運命がお前でよかった(例え、お前の運命が俺なんかじゃなくても ね)(20091220)
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