「お前見てると 泣きたくなるよ」

おかしいだろう?と瞳を細めながら静かに吐き出された言葉を肯定して欲しいのか、それとも否定して欲しいのか。ついさっきまで、いつもみたいに穏やかに話をして笑いあっていたのに。一体、何が どうして。気づけば緊迫した空気が二人を包みこんでいて、息苦しい。あれ?呼吸ってどうするんだっけ?口で息を吸うんだっけ?鼻で吐き出すんだっけ?それとも鼻で?あれ?今まで無意識にやっていたことを意識しだすと、あれはどうするんだっけ?これはどうやるんだっけ?と思考が飛んできりがない。それこそ意味不明な思考が脳内を駆け巡り変な冷や汗が出る。そもそも、木村さんは何を伝えたいのだろう?僕にどんな答えを求めているんだろう?分からない。分からないから余計に混乱する。視線を外したいのに馬鹿みたいに眼球を見開くことしか出来ない。そんな僕を見て「馬鹿だなぁ 一歩は」と木村さんが笑う。「そんなにでかい瞳で見つめられたら誰だって勘違いしちゃうだろ?」と、優しい声色の中に少し苛立ちまぎれの声が混ざったと想ったら、普段は余裕を覗かせている筈の木村さんの懇願するような眼差しが鋭くて「う」とも「あ」とも聞き取れない無意味な単語が声の端から零れる。試合のとき以上に緊張している。そんな僕を観察するように「一歩」と耳を燻るような低温が響いて、ゾワリと鳥肌がたった。瞬時に何かを警戒してピコンとピコンと脳内で危険を知らせるランプが点滅しているのが分かったけれど、分かったからといって身動きのとれない僕には不安を助長させる以外の何物でもない。怖い。いつになく真剣な眼差しが怖くて微かに震えた僕を見て「怯えてる?」と形作る笑みがたまらなく、怖い。だって、笑っているのに瞳がまるで笑っていない。なんだか、まるで、捕食しようとする肉食動物のような それ。木村さんが何をしたいのか理解できない。理解できなくて訳も分からず傍観という名の現実逃避をしている間に、距離が少し縮まっている気がする。それどころか泣きたくなるって云った木村さんの顔が間近に迫ってその距離、残り数センチのところでいびつに歪んだ唇の端が静かに弧を描く様が 見えた。





わたしのこいはなきたくなるくらい(20110217)