あ。また。きっとこの男は気づいていない。この癖のような仕草。「やめろ」と一蹴すればいい。嫌がる素振りをすれば いい。馬鹿な男だが一度でも指摘すれば二度としなくなる、筈。そう。頭の中では分かっている。分かっている筈なのに、なのに、言葉が出てこない。無意識に触れた小指。重なった 手。ヒルダが傍にいる時に限って無意識に延ばされる手。触れる指先。いつも以上に近い距離。見上げれば漆黒の色彩が「古市」と悪友の名を呼んで笑いあい、「ベル坊」と坊ちゃまあやしている。時折、ヒルダに視線を下ろし「あいつ 馬鹿だよな」と古市をからかう言葉を吐き出す。何も変わらない日常。いつもの、ごくありふれた穏やかな時間。なのに、そんな緩やかな時間を破壊せんとばかりにヒルダを困惑させる男鹿と繋がれた右手。何だってこの男は。嗚呼、くそ。ヒルダの色白の肌を包む暖かさに眩暈を覚える。ただ、只管に悔しい。この男の無意識に意識させられる自分が。文句も云えずに受け入れてしまう 自分が。熱くて暑くてたまらない。嗚呼、触れているのは手だけなのに全身に火が灯ったように 熱い。
その火を 灯す(20110218)