「おいで 子犬。お前と遊んであげよう。」
細部に至るまで完璧である美しい男は、残念ながら中身までは完璧とまではいかなかった。瞬時に、ザックスの頭の中に「遊んであげよう」=「苛めてやろう」という方程式が浮かびげんなりする。この、端正な容姿の男の頭の中には常に「断る」という選択肢が存在しないことを過去の幾多の経験から学んでいる為、ザックスは泣きたくなる自分を叱咤し出来る限りの愛想笑いを浮かべ「アンジールと約束があるから」と精一杯の拒絶を示した。親友である男の名は、完璧を誇る男にとって(少しばかりの)抑制力になることも過去の経験から学んでいる。経験は大事。そこから学んだことは財産になる。なるほど。アンジールの云う通りだ。いつもはお小言を聞き流してばかりだけどこれからは少しくらい真剣に聞いてみよう。今回みたいに役に立つこともある。などと普段の自分の行いを棚に上げて、アンジールさまさまと、今にも両手をあわせて拝みたい気分のザックスは、「アンジール」の名が効いたのか。思案するような顔をしてザックスから視線を外したジェネシスを見て、逃げるのなら今だと持ち前の瞬発力を発揮しそろりと右足を引きながら「じゃあ またな」と全速力で逃げだした。逃げだした・・・つもりだった。実際は、半歩も進む暇もなく瞬時に右手を掴まれ、衝撃でつんのめりそうになったザックスをジェネシスが背後から支える(・・抱きしめられているというも いう)という笑えもしないシュチュエーションに収まっている。ミシリと骨を軋ませる束縛が痛い。甘かった。隙があるように見えてわざと隙を作る。流石、ファースト。お手のものですか。蒼白したザックスの顔を覗きこんで「そうか。そんなに俺に遊んでもらえることが嬉しいのか子犬。可愛いところもあるじゃないか。」と嬉しそうに微笑むジェネシスほど恐ろしいものはない。「夜は長いぞ。」と浮かべる美しいそれに子犬の救いを求める叫びが悲痛に こだました。





夜を愛して(ジェネシスとザックス 20110301/アンナアベル)