抱擁されて、いる。何故か、兄の腕の中に閉じ込められている。
久々に実家に帰ってきた正守の浮かない顔を見て、いつもの仕返しとばかりに、皮肉のひとつでも零してやろうと想いついた良守だったが、何となく、疲労感の濃い兄に追い討ちをかけるようで気が進まない。寸でのところで想い留まりはしたが、中途半端に開いた口が何とも恰好が付かず、仕方がないので誤魔化すように「お疲れ様」と、言葉を発した途端にこの有様なのだ。
そんな、しょうもなさすぎる経緯で何故こうなってしまったのか。正守に流されるまま、この行為を甘受している自分自身に困惑しつつも、回された腕を振り払うことに躊躇いを覚えたのは、良守を抱く弱々しい兄のそれが、微かに、震えていたからだ。
いつもの傲慢な正守からは想像も出来ない脆い姿に、良守の思考が、追いつかない。何が、あったのか、とか。何に、追い詰められているのだ、とか。何で、そんな姿を俺に晒すんだ、とか。云ってやりたいことや聞きたいことが瞬時に巡るのに、呼吸をすることさえ重苦しいこの沈黙を破ってしまったなら、そこで、確かな何かが終わってしまいそうな予感がするのだ。それを終わらせていけない、と。脳内に発せられる警告音に従ったまま、結局のこと、良守は体を預けることしか出来ずに いる。
あなたとわたしの境界線(知ってるよ。美しい線を描ききることなんて、結局のこと出来やしないんだって。)(20091222)
|