甘っちょろい良守が云う『優しい世界』とは、誰にとっても優しさを与えるものではない。倖福を願えば願うほどに、そこに苦痛が存在することを忘れていけないのだ、と。正守は、想う。そうでなければ、正守が(一方的な)親愛を向ける弟が、「今日はクリスマスだから」と云って手作りケーキを持参し夜行に訪れるわけがないのだ。(いつも自分の顔を見るたびに、苦虫を潰したような、何とも云えぬ顔をするくせに、何故、今日に限って。そんな、照れたような拗ねたような顔をして(そんな顔をすると、ただでさえ年の離れた弟が余計に幼く見える)、「兄貴、甘いもんすきだったろ」と、ケーキを手渡したりするの、か。誰かの陰謀か?はたまた白昼夢なのか?倖福に慣れていない正守は、綺麗にラッピングされたそれを凝視しながら固まり、そんな微動だしない正守に、良守もまた『クリスマスだからって張り切ったら、ケーキ作りすぎて、余らすの勿体無いから持ってきただけなんだけど、余計なことだったかな。面倒ってか、嫌だったのかもしんねぇ。』と困惑している。)痛いほどの沈黙の中、ケーキを挟んで思考ループに囚われてしまった両者が好奇の瞳に晒されていることなど露知らず。時は、刻々と流れ続けている。
大人になるってことは、常に忘却が付き纏う。
素直になれだなんて、そんな方法。哀しいかな。年を重ねるごとに、忘れてしまうものなんだよ。(20091225)
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