小さな世界で呼吸することの、倖福。
隣にいることが、当たり前で。確認しなくても彼が隣にいることが普通なのだと愚かな勘違いをしていた、と。まるで、そう、まるで。桔平が自分の所有物であるかのような薄暗い優越感を抱えこんでいたのだ、と。世間話をするかのような気軽さで告白する千歳の言葉は、どことなく、甘い。美化された過去と、千歳が抱え続ける想いとがぐちゃぐちゃに絡まって、ついには思考回路に支障をきたしてしまったようだと、妄執に取り付かれたチームメイトを不憫に想いながらも(当の本人が倖福であるのなら何も云うまい)適当に相槌を打つ蔵之介は、只管に聞き役に徹している。
今の桔平との関係を親友と称するには距離が遠く。それじゃあ何だと、友人か?知人か?と、関係性の形を無理にでも変えるには、今日まで共に築きあげてきた時間が近しすぎて色んな意味であまりにも、危うい。でも、距離感が狂いすぎて修正もきかない。このままでは、いつか衝動のまま桔平を壊してしまう、と。頭を抱える千歳だが、右目の代償として橘を拘束出来る歓喜に打ち震え、至極満足しているのはありありと見て取れる。支配して。一生忘れられないような傷を造って。その傷の上からわざと塩を塗りこむような真似をして。その様に、ただでさえ深い橘の傷を更に抉り苦悶する彼を感じるたびに安堵する千歳がいて。千歳の演出する堂々巡りの悪循環に終着は見えない。(そして、おそらく。推測に過ぎないが、『終着』なんてものは、はじめから用意すらされていないのだろう。)
橘の全てを暴き壊そうとしているように見えて、本当は支配されたがっているのは千歳のほうじゃないか、と。想わず言葉が出掛かったが、あまりにも倖せそうに千歳が微笑むので蔵之介は今にも零れ落ちそうになる言の葉を必死に飲み込むので あった。





妄執(あなたなしではいきてゆけないという、戯言)(20091231)