優しい夢を、見ていたような気がする。
髪を伸ばしていた頃の桔平がいて、一緒にテニスをしている。コートには桔平と自分の二人しかいなくて、辺りにはボールを打ち返す小気味いい音が響いていて。「千歳」と自分の名前を呼ぶ桔平の。太陽に透けるような金色の髪が眩くて、想わず瞳を細めてしまう、そんな夢。あの日から、千歳は桔平の夢を見る。決まって右目が疼くとき、まるで大量のアドレナリンを分泌させるかのように、何度も何度も桔平の夢を繰り返し見る。たったそれだけのことで、不可思議なことに、疼きが、痛みが、嘘のように消えるのだ。まるで魔法のようだと可笑しくもなるが、同時に、こんなになってまでも桔平に依存している自分自身に寒気を覚える。
「さようなら」をしたあの日から、千歳は、一日に一回は桔平のことを考える。下手をしたら一日中考えていることさえある。恨んでいないと云ったら嘘になる。けれども、右目を負傷し安堵もしている自分もいる。相反する二つの感情が鬩ぎあうどころか共存するおかしな感覚が常に付き纏い、制御が追いつかない。桔平のことを考えない日はない。最近では、あまりにも桔平のことを考えすぎて、幻聴や幻覚に取り付かれる始末で、一体何をそんなに考える必要性があるのだろうかと自問自答を繰り返すのだが、未だ明確な答えはみつからないままだ。そして、また。

何も解決しないまま、千歳は、桔平の夢を 見る。





あなたのゆめはやさしいもので(20091231)