千歳が、笑う。右目を細めて、「桔平」と。何事もなかったかのように、離別を迎えたあの日の続きであるかのように自分の名を呼ぶ。その親しさが、桔平には痛い。その距離感を、桔平は贖えない。あの日から、電話越しに幾度か言葉を交わしたことはあったが、面と向かって逢うのはこれがはじめてのことで、聞き慣れた懐かしい声色が変わっていないとに少しばかりの安堵感を抱いたままうつむき加減の視線を浮上させる。威圧感のある長身が身を屈め、自分覗きむように「久しぶり」と発する声に、桔平はいかに自分の考えが甘いかを痛感し愕然とした。
何、も。何も、変わらない筈がない。テニスも。右目も。全ては一度、桔平が奪ったものだ。それを、当たり前のように拾い、再び自分と同じ土俵まで上がってきた千歳が何も変わっていない筈がないじゃないか。
少し大人びた顔に不似合いな老熟しきった深い色の眼とのアンバランスさが、端整なそれを際立たせている。
久しぶりだと言葉を返す以前に。笑顔を浮かべるどころか今にも泣いてしまいそうにくらいに桔平のそれは引き攣っている筈、だ。





「久しぶり」と、笑えるあんたが理解できない(20091231)