「お兄ちゃんは、倖せになれないわ」
だって、一生かかっても千歳さんから解放されないんだもの、と。ふと。今にも泣いてしまいそうな顔をする杏を想い出したのは、千歳の腕の中に閉じ込められたことに対しての逃避を意味しているのかもしれないといつになく冷静な自分に嫌気がさす。可笑しくもないのに込み上げてくる笑いは自嘲めいていて、そんな桔平を非難するかのように腕に力を込める千歳は、これでは抱き殺さんばかりの勢いだと己の執着心に辟易したが、それはそれでいいかも知れないとあらぬ方向へ飛ぶ思考を容認している時点で、最早、救いようがないと自分自身にいい加減うんざりもしている。そんな千歳の葛藤をよそに、諦めの境地で佇む桔平は随分と穏やかなもので、動じないどころかもうどうにでもしてくれと半ば自暴自棄な状態であり千歳に好き勝手されるがままだ。どこまでいっても重なり合えず、互いを容認出来ないもどかしさから「桔平のこと手放すつもりもなかと。勿論、嫌がっても手放してなんてやらん。」とギリギリと骨の軋む音が聞こえそうなほどの力で、桔平を腕の中に閉じ込める千歳だが、果たしてその言葉にどれだけの意味があるのか。(意味などあるようでいて、全くないのかもしれない。それこそ、無価値だ。)
距離が近すぎて焦点が合わない。だからこそ、擦れ違っていることを把握できずにいるどころか、認めることさえ放棄している。
故に その抱擁は、いつだって残酷すぎる。
生身の傷を剥き出しにして(20091231)
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