あの時、死を覚悟した山崎の脳内を目まぐるしく駆け巡ったのは(俗に云う、走馬灯という奴だ)家族でもなければ、かつの恋人でもなく友人でもない、真撰組の局長である近藤勲という存在だった。何故。どうして。頼りないようでいて頼もしい、砂糖菓子で出来ているかのと錯覚するほどに人を甘やかすのが上手な憎めないお人よしのその人を山崎は組の長として尊敬はしているものの、無意識に望んでしまうほど求めていたのだろうか。走馬灯としては些かおかしくはないかと疑問符が浮かんでは消えてまた浮かぶ。短時間の間で何度繰り返したか分からない行為は、致命傷を逃れ足を引き摺りながらどうにか辿りついた人通りまで続くこととなる。
いつもは煩わしいと感じる人込みの気配を感じた瞬間の、「ありがとう」と感謝の言葉を伝えたいほどの歓喜は忘れることなど出来ないだろう。日常へと回帰するその瞬間、助かったと認識したが否や意識が遠のき世界が反転。そこで、ブラック アウト。薄れゆく意識の中で、山崎はあの人の笑った顔がみたいなと 想った。
動乱も終結し葬儀やら何やらも終わり土方も屯所に戻って、さぁこれからだと活気付き始めた屯所で生還の報告をする山崎は、これでもかというほどに涙に暮れる近藤の抱擁を全身で受け止めている。近藤の力いっぱいの抱擁に治りかけの傷が痛んだが、接触した部位から伝わる微かな震えに胸を締め付けられ言葉が詰まり何も云えない。体が大きく、肉体や精神面での強さを誇る近藤が山崎の生還をこんなにも身を震わせながら喜んでいる。その事実は、山崎をたまらない倖福感へと誘うのに十分なものだった。近藤の後方で、忌々しそうに山崎を睨みつける沖田の眼には殺意が。その隣で、これまた不機嫌極まりない直属の上司もまた地獄を見るかとでも云いたそうな極悪な顔をしているが近藤の与える至福に勝るものはない。(彼等もまた局長に甘えたいのだろう。大人気ないなと想いつつも自分も似たようなものなんだろうなと笑えて、知らず知らずのうちに緊張した全身から力が抜ける。報復は恐ろしいが、それよりも今はこの人を全身で感じることの方が遙かに大切だ。)「お前が生きていて良かったよ。おかえり、山崎」と、ギュッと力をこめる涙の途絶える気配のない近藤の背に山崎はそっと手を 回した。
ただいま 、局長(20100102)
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