枯渇している。足りない、足りない、足りない、足りない、足りない 足りない、と!刺激を求めて己が内に巣食う獣が涎を垂らしながら泣き喚く。この飢えは人肌によって満たされるものなのか、あるいは人斬りによって安寧が約束されるものなのかは未だ判断をし兼ねるが、激情のようなそれが過ぎ去るまでじっと耐えることは当の昔に放棄した。理性を持て遊ぶ獣そのものだと非難の声を幾度浴びせられたか分からない。それでも。あの人を奪った世界で我慢をする理屈など高杉は持ち合わせてなどいない。どこかの銀髪能天気馬鹿のような恥知らずではないのだと、あの人の教えから外れた道を選択した己の行動や理由を正当化させる為に狂気を装い隠した振りをする。復讐を果たせるのならそれでよかった。それ以外を望んでいない筈だった。なのに。なのに、だ。高杉は出逢ってしまった。いくら想いのままに欲のままに振舞おうが、決して満たされることのなかったそれを簡単に満たしてしまう相手、に。かつのあの人のに似た、透明なまでに澄んだ暖かな眼差しを持つ高杉の根底を覆すような男、に。男の名は、近藤勲。『真撰組 局長』の肩書きを持つ田舎の芋侍。戦争に参加したことのない、高杉が最も嫌悪する筈のあの地獄を知らぬ平和馬鹿。なのに、男との対峙は否応なしに高杉を昂らせ冷え切った心臓をこれでもかというほどに熱くさせる。激しい鼓動に追いつけない肢体は、血肉を躍らせる歓喜に打ち震え指先まで痺れが止まらない。叫びだしたいのか、それとも、声を張り上げて笑いたいのか。あの男の眼差しを自分だけに向けたい。あの男の張りのある声で名を呼ばれたい。あの男の描く美しい太刀筋を肌で感じたい。隠している獰猛な牙で噛み付いてくれと、生涯消えないような傷跡をつけてくれと願ってしまう。あの男の全てを奪いたい。欲している。陶酔している。ただ、あの人に似ているというだけで何故にこんなにも意識を奪われるのかは分からない。そんな高杉が理解していることは、今まで通用した屁理屈が今ではそれさえ装うことが出来ないということぐらいだ。
あの人と己と、あるいはあの世とこの世を断ち切る相手を知っている。
満たされないと飢えに溺れて只管に刺激を求め枯渇する夜が訪れる度に、高杉はあの男に 逢いたくなる。
残光、またの名を(20100106)
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