(どうすれば 償える?)
テニスを捨てたところで千歳の右目が元に戻るわけでも、同じ傷をと右目を痛めたところで自己満足な結果しか得られないことなど分かりきっていた筈 なのに。千歳から何もかもを奪った自分がそれ以上のものを彼に与えることなど到底不可能だと理解しているからこそ、いつでも、どこでも、償いきれない罪が橘を縛り橘の抱える闇をより一層深く染めあげる。逃げられないなと想う。逃がさないで欲しいのか、逃して欲しいのかすら分からないし分かりたくもないが、それが深く深くと地に堕ちてゆくたびに、漠然と千歳からは逃げられないのだなと想う。苦しいことは確かなのに哀しいのかと問われれば否と首を振るだろう。なら嬉しいのかと聞かれれば、同じように否と首を振る。矛盾しているのにどこで矛盾してしまったのかが分からない。あの日を境に歪にゆがんでしまった橘の脳髄では判断が追いつかない。
(どうすれば 償えるだろうかと淡い希望を抱く自分を殺せる?)
「桔平」、と。自分の名を呼ぶ穏やかな声色とは裏腹なあの右目はいつまであの日の自分を映し続けるのだろうかと考える。自分と千歳の立ち位置が、距離感が、常に付き纏う不自然さが彼との過去を破壊したばかりか未来すら喪失させてしまった事実をより顕著に決定的に知らしめているのだというのに。季節が一巡りしたところで結局は何も変わりはしなかったと いうのに。
(赦しなどいらん。そんなものを求めたところでお前の右目がどうにかなるわけでもない。ならば、どうか。途方もない怒りでお前の未来を奪った男に終わりの見えない憎悪をぶつけてくれ!きっと、それでしか償えない。それでしか、俺もお前も救われん。どうか願わせてくれ!お前の手で俺を殺してくれ と!)
右目の呪縛は橘の罪を煽る。だからこそ、橘は千歳の殺意を待っている。
一日も早くと願いが果たされるその日まで、橘は あの日の延長線上に立ち尽くし続けている。
泣けぬ獅子(20100111)
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