「あんたは 後悔しなさっている」
もっと出逢いが早ければ。差し出されたその手を掴めたならば。もしそうだったら。もしああだったならば。捨てたはずの選択肢をいつまでたっても引き摺ったままあんたは身動きがとれずにいる。ぎりぎりの境界線で爪先立ちのまま岐路に立ちつくしているみたいにね。そんなにあの男が欲しいのかい、と。嘲り半分な似蔵の問い掛けは、高杉の自制心をこれでもかと効果的に煽るばかりか辛辣な棘で些細な夢物語までもをぐちゃぐちゃに貫こうとまでするのだから面白いわけがない。大抵の者ならば恐怖のあまり発狂まで追い詰められる端整なそれに無愛想を装いながらも殺気を紛れ込ませた気配を、全身全霊 毛穴のひとつひとつにまで敏感に感じながら平然と受け流す所作は流石と賛辞のひとつでも送りたくはなるが高杉が似蔵を喜ばす云われは何一つないのでさも興味なさげを装うことで向けていた男に殺気を殺す。それに気を良くしたのか「今からでも遅くはないだろう?そんなにあの男が欲しいのなら手を差し伸ばしてみればいい」人のいい男のことだから、きっとお前さんの手を取るのだろうねと薄ら笑いを浮かべる男の穏やかな口調とは裏腹な侮蔑の篭った気配は高杉をより苛立たせ不愉快にさせたが、興味を失ったのか、あるいは反応の悪さに飽きたのかそれきり口を噤み興味を失ったと云わんばかりに踵を返す似蔵の後ろ姿を横目に、『もし そうであるのならば』と心の奥底で唱えることの祈りにも似た願いは仮定される美しき世界へと高杉を誘う。
『もし、あの男が隣にいたならば』
可能な限り想い描く擬似世界、叶うことのない『もしも』の世界はいつだって高杉に優しい。故に この上ない甘美な呪縛はいつまでたっても高杉自身を縛り続けるのだろう。
ひとつしかないせかいでふたつのゆめをのぞむ(20100126)
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