置いて行かないでと縋りつき「近藤さんがないと生きていけない」と泣き喚く。困ったような笑みを浮かべながらも視線を合わせて「お前を置いていかないよ」と優しく頭を撫でる無骨な手にしがみ付きながら、この手がいつ自分から離れ、その言葉がいつ自分を裏切るのだろうかと思案することの恐怖と後ろめたさは悪戯に沖田の神経を削いでは鋭利にさせ気づけば積もりに積もったそれはどうしようにもなく捩れた人格を形成する切欠を作り出していた。諸悪の原因である近藤が拾ってきた襤褸雑巾のような男さえ現れなければ沖田はその言動の全てを純粋に受け入れ信じることが出来ただろう。少なくとも自分が子供であれる時間はもう少し長かった筈なのにと、成長した今でも苛立ちを隠しきれない歯痒さはどうしようにもなく沖田を蝕み続ける。ミツバがいて、近藤がいて。愛すべき彼等を独占出来た閉鎖的な世界が、沖田の記憶の中で一番美しく一番輝かしいものだった。半ば、永遠に続くものだと信じていた日常は土方という男の出現により強制的に幕を閉ざされたばかりか、小さな手で守り続けてきた大切な居場所さえもを奪われ沖田に残されたものと云えば憎悪という最も忌むべき感情 のみ。夢の中で、想像の中で、空想の中で、妄想の中で、幾度あの男を殺したことだろう。殺しても殺したりない。夢と現実の狭間で揺れ動く殺意は安寧を齎さないばかりか膨れ上がるばかりで、負の情を抱いたまま呼吸をするたびに美しかった想い出すら遠ざかるような錯覚に陥るのだ。繰り返される悪循環は図太いようでいて繊細である沖田の神経をこれでもかと磨り減らし癒えることのない傷を生み出す。その傷は新たな憎悪となって沖田自身を襲うのだろう。どうしようにもないほどに救いようのない現実しか見えない。どこまでいっても身動きが取れない。
置いて行かないでと縋りつき「近藤さんがいないと生きていけない」と吐き出すことの弱音と本音。あの頃と寸分違わぬ言葉は、けれどもそこに含まれる意味合いは驚くほどに懸け離れすぎている。あの頃のように盲目的には生きられない分、醜い色彩に染まりきってしまった劣情はこの先どのように形を変えてしまうのであろうか。激変する世情に追いつけないなかりか、過去から、現実から、未来から、瞳を閉ざしてしまいたい衝動に駆られてしまう成長の足りない自分を愚かだと想う反面、その愚かさを愛しい云う近藤を恨めしくも想う。甘やかすことに長ける近藤のそれは毒でしかない。目障りな土方に殺意を抱きつつ、その願いが達成される前にもしかしたら近藤から与えられた致死量の毒に犯されて死んでしまうのではないだろうかと夢想する。ある意味、最も至福な最期であろう美しき夢の終焉。あの人の為に生きて死ぬ。それは、幼い頃より鮮明に願い続ける沖田の夢でもある。





あのひとの毒に犯されたい(20100129)